1970年と2025年、二つの大阪万博を見比べると、社会が「未来」をどのように描いてきたのかが見えてきます。
1970年の大阪万博が提示したのは、個々の技術だけではなく、「これから社会は良くなる」という未来像そのものでした。一方、社会が成熟し、価値観が多様化した現在では、一つの未来像を社会全体で共有することは難しくなっています。
それでも、地域や公共空間に新しい事業を生み出すとき、未来像を描くことの意味は失われていません。関係者が多く、利害や価値観が異なる時代だからこそ、「何をつくるのか」の前に「どのような未来を目指すのか」を共有することが重要です。
技術や施設は、その未来を実現するための手段です。既存の制度や予算、慣習の中から実現可能なものだけを積み上げるのではなく、ときには現在の延長線から離れ、ありたい未来から逆算して事業を考える必要があります。